大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

函館地方裁判所 昭和27年(ワ)631号 判決

主文

被告は原告に対し金三拾万円及び之に対する昭和二十八年一月十九日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り原告が執行前金五万円の担保を供するときは仮に之を執行することができる。

事実

(省略)

理由

原告本人尋問の結果によると以下の事実が認められる。即ち原告は父亡西田信一(昭和十四年十月十四日死亡)母亡西田たみ(同二十三年二月十八日死亡)との間に長女として大正十三年六月十九日出生し、もと原告家は茅部郡森町で酒造家として同町内でも最有力な資産家であつたが、不運にも破産没落し、その後一家が函館市に転居し、原告は同市中島小学校卒業後その頃同市内にあつた実習高等女学校に入学したけれど、学資が続かないため中途退学後、将来タイピストとして身を立てることを決意し、同市内末広町西堀タイピスト教習所に入所し所定の技術習得によりタイピストとしての資格を取得し、昭和十九年頃被告の養父高島正明がその代表取締役社長として、就任し且つ被告自身も勤務する前記会社タイピストとして雇はれるに及んで、ここに始めて原被告が面識を得るようになつたこと、並びにその後次第に原被告の交際は親密の度を加え原告は被告より激しく求婚されたけれど、原告はその家運の没落により生活戦線に生きる一介の職業婦人たる自らの地位と前記会社社長の養子たる被告の地位とを比較するときに於ては、両者の身分地位の甚だしき不均衝による劣等感並びに引いては之が原因として将来婚姻の破局に至ることあるべきをおそれて、一面に於ては結婚の喜びを待望しながらも他面に於て将来に於ける結婚の持続性について頗る危惧の感を持つて居たため余り気が進まなかつたのではあるが、被告の切実な求愛を拒むことができず、遂に昭和二十一年八月頃被告と肉体関係を結ぶに至り、爾来被告は当時原告及びその母の疎開先であつた湯ノ川根崎町の原告方に屡々宿泊し原告と事実上の夫婦関係を続けるようになつたが、この事実が被告の養父高島正明の知るところとなり、同人は原被告の右の関係を立ち切らうと種々画策したけれど、原被告の愛情の強さに抗することができず遂に原被告を前記会社より退社せしめた。然し原被告は以前として夫婦の関係を継続して前記湯ノ川根崎町の原告方に同棲を続けたところが飽く迄も原被告間の前記関係より被告を離脱させようとして、被告の叔父高島良雄の妻が被告を原告方より右高島正明方に連れ戻した上右高島正明は被告を同会社鹿部出張所に勤務させたけれど、被告は従前通り時々前記原告方に宿泊して原告との間に夫婦としての関係を持続し、かくする中に、原告は被告との間に昭和二十三年二月二十二日長女和子を分娩し被告も之を認知した。然るに被告は性行甚だしく不徳義で賭博に耽り一時その所在も判らなかつたが、原告等の努力によりようやく被告を原告方に連れ戻したものの間もなくにして高島良雄の妻が被告を高島方に連れ去つたが、それにも拘らず原被告は原告宅又はその他の場所で夫婦の関係を継続してきた事実即ち原被告間に原告主張の通り婚姻予約が成立したことが認められること、及び昭和二十五年一月中原告は被告が他の婦人と結婚したとの風評を耳にしたので、当時被告の勤務していた前記会社の鹿部出張所に赴いて直接被告に対しその真疑をただしたが、左様な事実がないとの被告の返答を得たので、ここに原告は被告に対し正式婚姻届出を求めたが被告は今しばらく待つて貰いたいとの理由でその手続延期を懇願するので、原告も之を諒承し被告との正式な婚姻のできる日を心中深く期待しているうちに既にその前年である昭和二十四年被告は前記会社の常務取締役田村薫の媒酌で某撞球場のゲーム取りの女と結婚し被告の養父高島正明も右の結婚を承認し、被告自身も右結婚により原被告間の従来の夫婦関係は解消されたと主張して原告には一顧だにしない情況であり、而かも原告は之よりさき未だ被告との夫婦関係継続中受胎した次女キクエを昭和二十五年十二月二十三日分娩したが、結局原被告間の婚姻予約は被告の責めに帰すべき事由によつて履行不能となつたことが認められ、被告に右不履行につき責任のあることは明らかなところであること、最後に原告の請求する慰藉料の額については、原告は既にその両親を失い被告との婚姻に破れ而かも被告との間に二児を分娩し且つ之を現在養育しており、原告にタイピストとしての特技があり之により経済生活を樹てることは必ずしも困難でないとしても、右二児の養育に追はれてタイピストとして就職することが不可能であり、二児養育の面とタイピストとしての収入を得る面に於ては両立しない状況に在り、他方被告は前記会社の社長たる高島正明の養子たる身分関係に在り将来前記会社社長の後継者たる地位に就き得る可能性が必ずしもないとは謂はれない状況に在り、而かも原被告間の婚姻予約の不履行が全く被告の責めに帰すべき事由によるものであることは前記認定のとおりであるから、以上の事情を綜合し原告の被つた精神的苦痛に対しこれを慰藉すべき額は金三十万円を以て相当であると認定される。

よつて被告は原告に対し金三十万円及び之に対し本件訴状が被告に送達された日の翌日が昭和二十八年一月十九日であることは記録上明白であるから右同日以降完済に至る迄民法所定の年五分の割合による利息相当の遅延損害金を支払うべき義務があるものと謂うべきである。

よつて原告の本訴請求は右の限度に於て正当として認容すべくその余は失当として棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を仮執行宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 馬場励)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例